≪ツラクモ堂≫

日曜画家つらくも七瀬の活動記録。詩雑誌「詩の国よりの使者」お知らせなど。

公開文藝部 『宇宙の土の底』

 

 息を吸う、息を吐く、息を吸う、息を吐く、吸う、吐く、吸う、吐く、そして、吸って、潜った。

 

 地球は、水に沈んだ。海が、なにもかも真っ青に塗りつぶした。その広い広い海、広い広い空の日照りに打たれて、わずかなわずかな陸地に残る人々は、砂を、砂を求めていた。生きるのには、陸がいる。陸が、地面が、必要だ。草も、虫も、動物も、地面に住む生き物だ。地面は、砂でできている。

 

 そうして、私は、海に潜る。水の、海の、底の、底の、底のほうへ、真っ直ぐに顔を向けておく。だから、つま先の後ろ、青々とした水、銀色の水面がゆらゆらとしているのを、私はいつも見ずに終わる。息を閉じて、ぐっと、粘液の海に沈む。ずんずんずんと地球の底へと潜って、潜り込んで、その下のほうは、埋め尽くす水はもう、黒く、黒くなって、わたしは、ただジタバタと足を懸命に動かして、もがくだけだ。水のやわらかな重さ、締め付け、抑制を、ひっかいて、押しのけて、潰されそうでも、ちぎれとびそうでも、そうして、すべてが力尽きようとする頃、ふっと、水がやわらかくなる。

「つ。」

と、指先がやわらかな砂に触れる。さらさらとした。

そうだ、沈んでいるだけなのだ。地面は、水の真下で息づいている。

そして私は、砂を汲んで帰ろうと思った。わたしは、小さなガラスのビンを持っていた。小さな、傷だらけの、まあるいビンだ。それで、私は砂を汲んで帰った。すこうしずつ、すこうしずつ、だけどもまだ、陸は増えない。土は増えない。濡れた砂は、すとんと、落ち着いているけれども、含まれた水はどんどん乾いていく、乾いた砂は、にわかにきらきらと微かに光って、さ、さ、と揺れる風に吹かれていく。ので、わたしは毎日、砂を汲んで帰る。

毎日、毎日のことだ。毎日、毎日の暗い暗い水の底。そこに届く光はないけれど、ときおり見える、ちいさく生まれる光の粒はまだ、生きている。何か生き物なんだろうか、まぶたの裏にもよく届く、ちいさなちいさな蛍光。ちらちらと瞬く星々。そう、それで、わたしは宇宙のことを思う。

 

宇宙は、冷たい。空気もない。ちがう、空気がないから冷たいのだ、という。空気がないから、冷たい? しかしそれは、一体どういうことだろう。この体、この皮膚に触れる空気がないのに、体で、皮膚で、私は冷たさを感じるのだろうか。いえいえ、ちがう、宇宙に空気はない、物質は浮かんでいない。けれども私は、私の体は肉だから、物、だから。そこでうごめく、たんぱく質たち、骨や、脂肪や、水分たちが、宇宙に触れたとたんに、きっと、何もない空間にいっせいに飛び出していくのだ。拡散する。どこまでも広がっていく。それを、きっと、冷たいって言うんだろうな。

それから、わたしは、冷たい宇宙に浮かぶ、金属のロケットのことを思う。冷たい冷たい鋼鉄のロケットが、飛んでいく。海、宇宙の底へと、ずんずん、ずんずん、沈んでいく。そのロケットの暗い室内のなか、硬質の空気(水にも軟水と、硬水があるのだから、空気にも、軟質のものと、硬質のものがあるだろう)を浅く浅く吸って、わたしは懸命に懸命に、小さなまあるい、ガラスの窓の外を眺める。遠く遠くのほうでは、さらさらと、砂粒のような星々が幾千、幾万、じっとじっとこちらを見つめ返す。それらはわたしが、海の底から掬って帰った砂たちの、風でほどけた幾千、幾万の粒だ。わたしはそれらをじっとじっと、ガラスの窓にほおをぎゅっと押し付けて、見つめている。

寒いな。宇宙は、寒いな。鋼鉄のロケット、は、冷たいな。金属の、冷たさは、骨の奥まで、沁みていくな。

ね、砂は、ちいさな、ケイ素の結晶なんだって。それで、雪は、水の小さな精密な結晶なんだよね。雪山で迷い力尽きそうな旅人は、アザラシの腹を裂くんだって。腹を裂いて、その生温かいはらわたにつつまれて死ぬんだ。くさいだろうな。でも、あったかいだろうな。と、思いながら、私は、雪山は、しかし、山であって、海じゃないよ、アザラシは、いないよ、もう、いないよ、と、思い返して、銀色の水面は、「またね」って、ずっと、ずっと、遠い。


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以上の小説は、お題「アザラシ、土、ロケット」。50分くらいで書き上げたものです。ツイッターででもなんでもいいので、感想があると、次に生きてきます。おまちしてます。

今日は、廃墟文芸部の「公開文芸部」に参加してきました。公開文芸部、というのは、要するに「みんなで小説を書く会」です。廃墟文芸部の後藤さん(on twitter)が主催しています。
ルールは、①三つのお題を全て盛り込み ②約30分で、短編小説を書きなさい。というものです。それと、書いた小説はその場で集まったみんなで回し読み、批評をします。今日は、約10人の大所帯でした。いやあ、おもしろかった!
なぜって、30分で、人様に晒す小説を書かなきゃいけない、というライブ感。そして突拍子もないテーマの組み合わせ。脳ミソしぼりました。今日は全部で2度小説を書いたんですが、2度目には皆さんもうヘトヘトになっていました。文章ってすごい。

 

それではまた。